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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9897号 判決

原告 本坊鶴吉

被告 高橋義国 外一名

主文

被告高橋義国は、原告に対し、別紙目録(二)記載の建物を収去して別紙目録(一)記載の土地を明け渡せ。

同被告は、原告に対し、昭和三二年九月二五日以降右明渡済に至るまで、一ケ月金一六五六円の割合による金員を支払え。

被告葵土地開発株式会社は、原告に対し、別紙目録(二)記載の建物階下八坪から退去して別紙目録(一)記載の土地を明け渡せ。

原告の被告高橋義国に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、損害金の額を一ケ月金四万円とする外は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  東京都中央区八重洲四丁目七番地(昭和二九年七月一日町名地番変更前の表示中央区槙町一丁目七番地の八)宅地一〇七坪九合三勺は原告の所有である。

(二)  被告高橋義国は、右土地の内二〇坪六合を昭和一〇年四月、当時の所有者である九鬼徳三より普通建物所有の目的で賃借していたところ、昭和二〇年三月末日建物強制疎開命令により同地上の同被告所有建物が除却されたとして、昭和二二年八月二八日付書留内容証明郵便を以て、原告に対し罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法という。)第九条、第二条に基き右二〇坪六合の土地を建物所有の目的で賃借したい旨申し出たが、原告はこれを拒絶した。すると、同被告は、昭和二三年三月一〇日原告を相手方として、東京地方裁判所に処理法第一五条に基き右土地につき賃借権の設定並びに条件確定の申立をなし、同庁同年(シ)第一〇五号事件として係属したが、同事件は職権を以て東京簡易裁判所の調停に付され、同庁同年(ユ)第九三六号事件として係属した結果昭和二三年一一月二二日申立人被告高橋義国相手方原告間に、左記内容の調停が成立した。

(1)、相手方は、申立人に対し東京都中央区槙町一丁目七番地の八所在宅地一〇七坪九合三勺の内東側道路に面した一〇坪(間口二間、奥行五間)を昭和二二年九月二四日より昭和三二年九月二四日迄一〇ケ年間賃料額は物価庁告示第一〇一二号の定むるところにより毎月末日払の約にて建物所有の目的で賃貸する。

(2)、申立人はその他罹災都市借地借家臨時処理法に因る申立権を抛棄する。

(3)、調停費用は各自弁とする。

(三)  右によつて被告高橋義国は、別紙目録(一)記載の土地(以下本訴土地という。)を原告から賃借し、昭和二四年六月一日同地上に別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を建築し、これを所有することによつて現在に至る迄本訴土地を占有している。

(四)  前記調停は、処理法第九条、第二条に基くものであるから右によつて設定された賃借権については同法第五条の規定に明らかなように借地法第二条の規定は排除されているところ、原告と被告高橋義国間で、一〇年の期間が満了すれば、同被告は当然本訴土地を明け渡すとの合意のもとに右調停が成立したものである。なお、調停条項(2) に「申立人はその他処理法に因る申立権を抛棄する。」とあるのは、賃借権設定坪数が、被告高橋の申し出た坪数に満たなかつたことに鑑み記載されたものであつて、右が処理法に基かぬ通常の賃貸借であることを表したものではない。それ故昭和三二年九月二四日被告高橋義国の本件土地賃借権は消滅した。

(五)  仮に、右賃貸借が更新され得るものであつたとしても、原告は、昭和三二年四月二三日付内容証明郵便を以て被告高橋に右賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、その意思表示は同月二四日同被告に到達した。しかして原告は、後記(七)に述べるとおり更新拒絶につき正当の事由を有するので、右賃貸借契約は更新されることなく、前同日期間満了により終了した。ついで原告は、昭和二二年九月二五日同被告に対し、内容証明郵便を以て本件建物を収去して本訴土地を明け渡すべきことを請求した。

(六)  被告葵土地開発株式会社(以下被告会社という。)は、被告高橋から本件建物の内階下八坪を無償にて借り受け、被告高橋の本件土地賃借権が消滅した昭和三二年九月二四日以降も、本件建物の右部分を事務所として使用することにより本訴土地を不法に占有している。

(七)  本訴土地利用関係につき原告と被告高橋に存する事情は次のとおりであるから、原告は本件賃貸借の更新を拒絶するにつき正当の事由を有する。

(A)  原告側に存する事情

(1)  原告の祖父亡本坊松左衛門は、鹿児島県川辺郡加世田町にあつて、若年より商業に志し種々努力した結果最後には酒造業を経営するまでになつた。同人には長男浅吉を始めとして七男三女があり、更に右七男からは原告を始めとして一七名の男子が夫々出生した。これら本坊一族は、亡松左衛門の業を継いで大いに繁栄し、現在では、右同族の各人が株主となり、同族中の一部の人々が役員となつて、鹿児島市所在日本澱粉工業株式会社(以下日本澱粉という。)鹿児島県加世田市所在本坊酒造株式会社(以下本坊酒造という。)鹿児島市所在株式会社本坊商店(以下本坊商店という。)鹿児島県枕崎市所在薩摩酒造株式会社(以下薩摩酒造という。)を経営している。右四社の役員及び株主は更新拒絶当時においても現在においても本坊一族によつて占められている。

(2)  本訴土地を含む前記宅地一〇七坪九合三勺(以下本件土地という。)は、原告の所有名義となつているが、その買受代金は、前記本坊松左衛門の子である訴外本坊浅吉、本坊常吉、本坊吉次郎、本坊東吉、本坊美義、本坊豊吉、本坊蔵吉が各々出資して支払つたものであり、原告は右本坊吉次郎の二男なのである。本件土地は右の如く実質上は本坊一族によつて買い受けられたものである。

(3)  原告が(本坊一族がと言つてもよいが)本件土地を買い受けたのは、本件土地上に建物を建築し、これを前記同族四会社に使用せしめて、これら会社の東京営業所を設置する目的のためであつた。ところが、昭和二二年一月一五日原告が横田惣二より本件土地を買い受けると間もなく、原告は、前記(二)の如き経緯で本件土地の重要部分である本訴土地を被告高橋に賃貸せざるを得なくなつたのである。原告は昭和二三年四月とりあえず本件土地北側の約三〇坪の土地上に木造瓦葺平家建建坪一二坪の建物を建築し前記用途に供することにした。右建物は同年五月増築して建坪一三坪となつた。前記同族四会社はいずれも、後記事由により東京に営業所等を設置する必要があるところ、日本澱粉は、昭和二三年一一月一〇日臨時株主総会において、同社の東京営業所を右同所に設置することを満場一致を以て決議し、同年一二月一日よりこれを設置し、本坊酒造(当時本坊合名会社)は、昭和二四年五月二〇日の社員総会の決議に基き同年六月一日より同所に東京出張所を設置し、本坊商店は、昭和三二年四月二五日臨時株主総会において、同所に東京出張所を設置することを満場一致を以て決議し、薩摩酒造もまた昭和三二年五月二〇日臨時株主総会において同様の決議をした。

(4)  日本澱粉は、昭和一三年五月七日設立にかゝる資本の額七七〇〇万円の株式会社であり、本店を鹿児島市住吉町七番地に置き主として澱粉、水飴、葡萄糖の製造販売をしているのであるが、同社は近来非常な発展を遂げ、昭和三一年七月一日より昭和三二年六月三〇日までの総売上高は一〇億七千万円以上に及び東京地方だけでも三楽酒造株式会社、キリンビール株式会社、朝日麦酒株式会社、森永製菓株式会社、明治製菓株式会社などに年間数千万円に上る商品を販売している。日本澱粉は右の如く発展の途上にあり、東京に事務所を置いている全国澱粉組合中央会、全国澱粉糖組合等の所属団体並びに厚生省、農林省に対する連絡も今後益々頻繁になつてくるので東京営業所を拡張しなければならぬ事情にある。

(5)  本坊酒造は、昭和三〇年、いずれも前同様の同族会社である本坊合名会社と鹿児島酒造株式会社を合併して設立された資本の額七一〇〇万円の株式会社であり、本店を鹿児島県加世田市津貫六五九四番地に置き主として焼酎、合成酒、ウイスキーなどの製造販売をしているのであるが、昭和三〇年一〇月一日より昭和三一年九月三〇日までの商品売上高は九億一千万円以上に及び鹿児島方面において販路を拡大したため設備の拡張に必要な機械、資材の購入、包装材料の購入等を東京方面で行つたり、東京に事務所を置いている焼酎酒造組合中央会、全国合成清酒酒造組合、日本酒酒造組合等の所属団体との連絡及び農林省、厚生省との交渉をなし、かつ同社の製品について、関東地方に販路を拡張する計画である為東京出張所を必要とする。

(6)  本坊商店は、昭和一五年一〇月一一日設立された資本の額六〇〇万円の株式会社であり、本店を鹿児島市住吉町八番地に置き主として酒類食料品の販売なかんずく本坊酒造、薩摩酒造、日本澱粉の製品を扱つているが、キリンビール、日本ビール、朝日ビール、寿屋蜂ブドー酒(神谷酒造)など在京会社の特約店でもあるので、これら会社との連絡を緊密にする為東京出張所を必要とする。なお本坊商店の昭和三〇年一〇月一日より昭和三一年九月三〇日までの商品売上高は二二八四万円以上に及んでおり、その事業は発展の一途を辿つている。

(7)  薩摩酒造は昭和一一年六月三〇日旧商号薩摩合同酒精株式会社として設立された資本の額一四〇〇万円の株式会社であり、本店を鹿児島県枕崎市西鹿籠四一三一番地に置き主として焼酎、泡盛の製造販売をしており、昭和三〇年一〇月一日より昭和三一年九月三〇日までの売上高は一億九千万円以上に及び今後販路を関東地方に拡大し、農林省、厚生省並びに所属組合団体との連絡を緊密にすべく計画しているので、前記三社と同様東京出張所を必要とする。

(8)  以上の計画に基き前記四社の営業所、出張所を東京に進出せしめるには、現在本件土地上に存する原告所有の前記建物(実測一六坪)では狭隘で如何ともなし難い為、四社協議の結果右建物を取毀し新たに本件土地上に鉄筋コンクリート造三階建建坪九一坪七合、二階六九坪、三階六九坪塔屋八坪五合の建物を工費約三〇〇〇万円で建築することに決定した。右工事を清水建設株式会社に設計見積らせたところ、工費は二九七〇万円ということであつた。

そして、日本澱粉と本坊酒造は昭和三二年八月二五日、本坊商店は同月二六日、薩摩酒造は同月三〇日の各取締役会において夫々右工費中、日本澱粉は一三〇〇万円、本坊酒造は一〇〇〇万円、本坊商店は三五〇万円、薩摩酒造は三五〇万円を夫々出資すべきことを決議した。

(9)  而して右計画を実現遂行する為には、被告高橋に本件建物を収去させて本件土地を明け渡して貰はなければならず、それ故に原告は前述の如く本件賃貸借契約の更新を拒絶したのである。

(B)  被告高橋に存する事情

(1)  被告高橋は現在世田谷区世田谷二丁目一二九〇番地に居住し、中央区日本橋富沢町二二番地に於て三栄織物株式会社を経営し、自己は同会社の監査役、子息高橋寿一は取締役に就任して盛大に繊維製品の販売及び加工並びにこれに附帯する一切の事業を営んでいるものであり、今日迄本訴土地に居住したことは一回もない。被告高橋は、昭和三年一一月頃本訴土地を含む本件土地の一部に木造トタン葺二階建延二四坪の物件を建築し、これを訴外清水庄五郎に賃貸していたが、昭和二〇年三月末日本件土地については強制疎開命令があつて、右被告所有建物は収去され、右清水は田舎に疎開した。

(2)  而して終戦、疎開解除後も右清水は立戻らず、被告高橋は従前の敷地に建物を建築する意思も資力もなく、本訴土地は空地となつていた。訴外三笠良一は、たまたまこれを発見し、右土地の借地権を入手せんとして昭和二三年一〇月被告高橋に金三万円を与えて同被告の有する処理法上の権利を譲り受け、原告に対しては右の事実を秘して、同被告をして前記(二)に述べた手続をとらしめ、実質上本訴土地の賃借権を取得した。

(3)  三笠良一は、昭和二四年三月本訴土地上に本件建物を建て、その所有名義を被告高橋とした。その後三笠良一は、自ら或は他に賃貸する等して本件建物を使用して来たが、昭和二八年三月七日被告会社を設立し、その後は同会社が本件建物の一部を引続き占有使用しており、現在の占有使用部分は本件建物階下八坪の部分である。

尚三笠良一は昭和三〇年一〇月一日死亡し、その頃妻である三笠ともが被告会社の取締役となつている。

(4)  以上の如く、被告高橋は本訴土地、本件建物の真の権利者ではなく、実権は三笠良一の遺族にある。同被告は、本件建物建築の際も一回も現場に姿を見せず、本訴土地の地代も被告会社の代表者宮崎進が原告の使用人のもとへ支払に来るのであつて被告高橋は一度も来たことがない事実に徴しても、同被告が本訴土地及び本件建物につき実質上なんの権利も有しないことが明らかである。

要するに被告高橋は本訴土地上に本件建物を所有する必要はなく、本件建物を収去して本訴土地を原告に明け渡しても自己の住居にも生活にもなんらの影響もないのである。

(八)  よつていずれにしても被告高橋の本訴土地に対する賃借権は、昭和三二年九月二四日の経過とともに消滅したから、同被告は、原告に対し本件建物を収去して本訴土地を明け渡すとともに同年九月二五日以降本訴土地の賃料相当額の損害金を支払うべき義務があり、被告会社は結局本件建物階下八坪を占有使用することによつて昭和三二年九月二五日以降原告に対抗し得べきなんらの権利なくして本訴土地を不法に占有していることになるから、原告は、被告高橋に対し本件建物を収去して本訴土地を明け渡し、かつ、賃料相当の損害金として昭和三二年九月二五日以降本訴土地明渡済に至るまで一ケ月金四万円の割合による金員を支払うべきことを求め、被告会社に対し、本件建物階下八坪から退去して本訴土地を明け渡すべきことを求める。

なお本訴土地については公課の定めはないものである。

と述べ、被告等の主張に対し、

被告高橋が更新請求権につきなんら欠けるところはないとするための主張事実は否認する。本訴土地に対する最終の約定賃料が一ケ月金一六五六円であつたことは認める。

と述べ

立証として、甲第一号証、甲第二、三号証の各一、二、甲第四ないし第二四号証、甲第二五号証の一ないし五、甲第二六号証の一、二、甲第二七号証の一ないし五、甲第二八ないし第三八号証、甲第三九号証の一ないし五、甲第四〇号証、甲第四一号証の一、二、甲第四二ないし第四四号証、甲第四五ないし第四八号証の各一、二、甲第四九ないし第五三号証の各一、二、三、甲第五四号証の一ないし四、甲第五五、五六号証の各一、二、三、甲第五七ないし第六〇号証の各一、二、甲第六一、六二号証を提出し、証人川島省三、佐藤喜美江、本坊豊吉の各証言を援用し、乙第一ないし第三号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

と述べた。

被告両名訴訟代理人等は、各関係部分につき、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、被告高橋の答弁及び抗弁として、

(一)  請求原因(一)、(二)、(三)の事実、同(五)の事実中被告高橋が原告主張の日にその主張の各内容証明郵便を受領したこと、同(七)の(A)の(3) の事実中原告が昭和二二年一月一五日横田惣二から本件土地を買い受けた事実及び被告高橋が原告から本訴土地を貸借した事実、(七)の(B)の(1) の事実中被告高橋が世田谷区世田谷二丁目一二九〇番地に居住しており、三栄織物株式会社の監査役であること、(七)の(B)の(3) の事実中三笠良一が昭和二八年三月七日被告会社を設立して社長となり被告会社において本件建物階下八坪を占有使用していること、昭和三〇年一〇月一日右三笠良一が死亡し、その妻三笠ともが被告会社の取締役に就任したこと、以上の各事実並びに被告等の本件建物及び本訴土地占有部分が原告主張のとおりであることはいずれも認める。請求原因(七)の(A)の(1) ないし(8) の事実(前記認める部分を除く)は不知、その余はすべて争う。

(二)  原告主張の本訴土地に関する東京簡易裁判所の調停は、処理法に基くものではなく、本訴土地賃借権の存続期間は、右調停の条項(1) の文言にかゝわらず、昭和二二年九月二四日から三〇年である。それ故期間満了を前提とする原告の更新拒絶の意思表示は法律上なんらの効果なく、本訴土地の賃借権は存続している。

詳述すれば次のとおりである。すなわち、

(1)  右調停の成立するに至つた経緯は、原告主張のとおりであるから、専ら借地借家調停法によつて処理せられたものであつて、処理法による調停ではなく、従つて、処理法第五条の規定の適用はない。原告は、調停条項(2) に「申立人はその他処理法に因る申立権を抛棄する。」とあるのは、被告の申立にかゝる坪数に充たぬ坪数につき賃借権設定の合意ができぬ為、右合意が成立しなかつた部分についての処理法による申立権を抛棄する意味であると主張するものゝ如くであるが、右の「その他」なる文言には深い意味はなく、右条項は要するに処理法による申立権を抛棄したことを表すものである。

(2)  借地借家調停法第一二条及び現行の民事調停法第一六条の規定によれば、成立した調停は裁判上の和解と同一の効力を有するものであるが、大正一四年一〇月二二日の東京控訴院判決は、裁判上の和解によつて創設せられた賃貸借についても借地法の適用がある旨判示しているのであつて、原告と被告高橋間の右調停による本件賃貸借にも借地法が適用されるものといわなければならない。

(3)  借地法第二条第一項の規定によれば、本件建物の如き普通建物の所有を目的とする賃貸借の存続期間は三〇年であるから、本件賃貸借の期間が満了するのは昭和五二年九月二四日である。調停条項中に「昭和三二年九月二四日迄一〇ケ年間」とあるのは賃料改定等の目安として定められたものと解すべきであり、右が期間を定めたものとすれば借地法第一一条、第二条の規定により無効である。

(三)  仮に一応昭和三二年九月二四日を以て期間が満了するとしても、原告の主張する事由は、更新拒絶の正当事由とはならない。すなわち、原告は自ら本訴土地を使用するものでなく、本件土地使用を必要とする者は原告主張の第三者たる会社であることはその主張自体から明らかであるに反し、被告高橋は、昭和三三年三月現在において、階下を被告会社に一ケ月一七〇〇〇円、二階を株式会社デパート新聞社に一ケ月一五〇〇〇円で賃貸しており、これら賃料収入は被告高橋にとつて、その生活保持上緊要のものであり、同被告の本訴土地使用の必要度は原告より強いのである。

(四)  仮に、本件賃貸借が昭和三二年九月二四日に終了したとすれば、被告高橋は、本訴において、昭和三三年八月一四日陳述の準備書面を以て、借地法第四条に基く契約の更新を請求する。而して被告高橋は、本訴土地上に本件建物を所有し、昭和三二年九月分より昭和三三年七月分までの賃料を弁済供託しているから、右更新請求権につきなんら欠けるところはないと思料する。

(五)  仮に被告高橋の本訴土地占有が昭和三二年九月二五日以降不法占有となるとしても、賃料相当の損害金は昭和三一年七月現在すなわち最新の約定賃料である一ケ月金一六五六円とすべきである。

と述べ、

被告会社の答弁及び抗弁として、

(一)  被告高橋の答弁及び抗弁(一)ないし(四)を全部援用する。

(二)  被告会社は、被告高橋から本件建物の階下八坪を賃借使用しているものであるから被告高橋において、前記の各理由により本訴土地を適法に占有使用し得る以上、被告会社も当然本訴土地を占有使用し得る。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第四号証、乙第五号証の一ないし九、乙第六号証の一、二、乙第七ないし第一一号証を提出し、甲第一ないし第一〇号証、甲第二六、二七号証、甲第三七ないし第四四号証(いずれも枝番を含む)の成立は認める、その余の甲号各証の成立は不知、

と述べた。

理由

(一)  本訴土地を含む本件土地が原告の所有であること、原告が昭和二二年一月一五日横田惣二から本件土地を買い受けると間もなく同年八月二八日被告高橋から処理法第九条、第二条に基き本件土地の内本訴土地を含む二〇坪六合を賃借したい旨の申入れがあり、結局請求の原因(二)のような経緯で、昭和二三年一一月二二日原告(相手方)と被告高橋(申立人)間に「相手方は申立人に対し東京都中央区槙町一丁目七番地の八所在宅地一〇七坪九合三勺の内東側道路に面した一〇坪(間口二間、奥行五間)を昭和二二年九月二四日より昭和三二年九月二四日迄一〇ケ年間賃料額は物価庁告示第一〇一二号の定むるところにより毎月末日払の約にて建物所有の目的で賃貸する。申立人はその他罹災都市借地借家臨時処理法に因る申立権を抛棄する。調停費用は各自弁とする。」との東京簡易裁判所の調停が成立した。被告高橋は右により賃借権を取得した本訴土地上に昭和二四年六月一日本件建物を建築所有し本訴土地を占有している。訴外三笠良一は、昭和二八年三月七日被告会社を設立し、被告会社は同日以降本件建物の一部を占有使用しており、現在は階下八坪の部分を占有使用している。原告は、昭和三二年四月二三日付内容証明郵便を以て被告高橋に本訴土地賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、その意思表示は同月二四日同被告に到達した。ついで昭和三二年九月二五日原告は内容証明郵便を以て同被告に対し、本件建物を収去して本訴土地を明け渡すべきことを請求した。以上の事実及び被告高橋は世田谷区世田谷二丁目一二九〇番地に居住し、訴外三栄織物株式会社の監査役をしていること、三笠良一が昭和三〇年一〇月一日死亡し、その頃その妻三笠ともが被告会社の取締役に就任したこと、原告と被告高橋間の昭和三一年七月当時の本訴土地の約定賃料は一ケ月金一六五六円であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  まず、原告の第一次的主張について按ずるに、右調停が処理法に基くものであると否とにかかわらず、一時使用或は期限付合意解除の特約がなされていない限り、本件賃貸借についても契約更新に関する借地法の規定が適用されるものであること多言を用しない。而して、前認定の調停条項中には、右のような特約は存しないし、全証拠を以てしてもさような特約の存在は証明されない。(もつとも原告が一〇ケ年の期間満了後は本訴土地を明け渡して貰えるものと期待していたであろうことは後記認定のとおりである。)

それ故原告の右主張は採用し難い。

(三)  次に、原告の第二次的主張の当否の判断に先立ち、本件賃貸借の存続期間が果して原告主張の一〇年であるか被告等主張の三〇年であるかを検討することとする。

思うに簡易裁判所の調停によつて成立した土地賃貸借についても、借地法の規定の適用があることは被告等主張のとおりであるから、前記調停が処理法に基かぬものであるとすれば、一時使用と認められる等他に特段の事情がない限り、本件賃貸借の存続期間は原告主張の如きものではあり得ず、反対に処理法に基くものとすれば、原告主張どおりの賃貸借期間となる訳である。よつて、右調停が処理法に基くものであるかどうかを按ずるに、右調停成立に至る前記争いのない経過に照らせば、処理法一五条の規定に基く被告高橋の申立を受けた東京地方裁判所は、同法第二三条の規定により職権を以て右事件を調停管轄裁判所である東京簡易裁判所の調停に付し、同裁判所において、処理法第二三条の規定による事件として処理され前記調停の成立をみたことが明らかである。右の如く簡易裁判所の調停に付されたことによつて、もともと処理法第一五条の規定に基く事件がその性質を変し、被告等の主張するように専ら借地借家調停法の定めるところに従い、処理法の規定の適用を受けない事件となるいわれはない。

右が処理法第一八条の規定による管轄裁判所である東京地方裁判所によつて扱われなかつたのは、処理法は戦時民事特別法第一六条を準用していない為、地方裁判所が処理法第二三条の規定により事件を調停に付した場合自らこれを処理することができず、その事件は借地借家調停法第一条の規定による調停管轄裁判所たる東京簡易裁判所に係属したのである。それ故処理法第一八条の規定による管轄裁判所により右事件が処理されなかつたことは、前記調停が処理法に基かぬものであるとの証左とはならない。

また、成立した前記調停条項第二項には、「申立人(被告高橋)は、その他処理法に因る申立権を抛棄する。」との文言があるけれども、右は当初被告高橋は二〇坪六合の土地について処理法に基く借地の申立をしたのに、一〇坪についてのみ賃借権を設定する合意に達し、その旨の条項(第一項)が作られたので、これに対応して、その余の一〇坪六合の部分について処理法による申立権を抛棄する意味であると解されるのであつて、調停条項中に右の文言(第二項)が存することもまた、前記調停が処理法に基かぬものであるとの証拠にはならない。

以上のとおり、前記調停は処理法第二三条の規定に基くものであるから、賃貸借存続期間に関する調停条項第一項は処理法第九条、第五条、第二条の規定に照らし有効であつて、原告と被告高橋間の本訴土地賃貸借は、昭和三二年九月二四日を以て存続期間が満了するものである。賃貸借の存続期間は、昭和二二年九月二四日から昭和五二年九月二四日迄の三〇ケ年である旨の被告等の主張は採用できない。

(四)  そこで原告の第二次的主張の当否につき考えるに、前記争いのない事実によれば、原告が被告高橋に対し、同被告が、昭和三二年九月二四日の期間満了後本訴土地を使用することにつき遅滞なく異議を述べて賃貸借の更新を拒絶したことは明らかであるから、以下原告が更新を拒絶するについて借地法所定の正当の事由を有するか否かを検討することとする。

(五)  まず原告が本件土地を必要とする事情等についてみるに、前記争いのない事実と成立に争いのない甲第六ないし一〇号証、甲第三九号証の一ないし五、甲第四一号証の一、二、甲第四二号証、証人川島省三の証言により真正に成立したことの認められる甲第一五ないし第一八号証、甲第二三号証、証人本坊豊吉の証言により真正に成立したことの認められる甲第一一ないし第一四号証、甲第二三号証、甲第二五号証の一ないし五、甲第四五ないし第四八号証の各一、二、甲第四九ないし第五三号証の各一、二、三、甲第五四号証の一ないし四、甲第五五、五六号証の各一、二、三、甲第五七ないし第六〇号証の各一、二、甲第六一、六二号証及び証人川島省三、本坊豊吉の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告主張の請求原因(七)の(A)の(1) ないし(8) の事実を認めることができる外、以下の事実を認めるに充分である。

すなわち、原告等本坊一族の本件土地購入の目的が右(七)の(A)の(3) の如きものであり、被告高橋から本訴土地を含む二〇坪六合の土地につき処理法による借地の申出がなされた当時には既に本件土地上に建物を建築する確たる予定があつた為原告は極力同被告の申出を拒んだが、結局昭和二三年一一月二二日本訴土地につき前記の如き調停が成立した。右調停成立当時原告等は、もともと処理法の規定による賃貸期間は一〇年間となつているところから、一〇年経てば本訴土地を明け渡して貰えるものと期待していた。一方原告の同族四社すなわち、日本澱粉、本坊酒造、本坊商店、薩摩酒造が東京に営業所等を必要とする度合も次第に切実なものとなつて来たので、右期間満了の時期が近ずくや営業所用建物の建築計画を着々と進め前記(七)の(A)の(8) のようなことを行つた外昭和三二年一一月六日には右計画に基き、鉄筋コンクリート三階建、建坪九一坪五合二階七二坪四合三階七二坪四合、塔屋八坪五合の建物建築の確認通知を受けた。前記同族四社の業績は、原告が更新拒絶の意思表示をした昭和三二年当時から現在迄順調に伸びて来ているので右四者が東京営業所等を必要とする事由として前に掲げた(七)の(A)の(4) ないし(7) の事由は益々増大し、一例を示せば、日本澱粉は昨年度東京方面から三億円に上る機械設備を購入しており、また、証人本坊豊吉が当裁判所で尋問を受けた昭和三六年二月一七日現在において日本澱粉の製品七〇トンないし一五〇トンが東京に来ている。右四社の東京営業所等が正規に活動する為には最低四〇人ないし五〇人の職員を必要とする。

現在本件土地上に存する原告所有建物は、建築後増築したので実測二二坪になつており、他に数坪の倉庫があつて、前記四社で共同使用しているが、前記計画及び実情に照らして狭隘であるので、原告等は早急に前記確認通知を受けた建物を建築し、その一階を倉庫に二階以上を事務所に使用する考えである。

本件土地は実測一〇八坪三合三勺五才であり、被告等の占有部分は右の中建坪八坪二階八坪の建物(本件建物)の敷地一〇坪の部分であるに過ぎないが、原告等の計画している建物の建坪は前記のとおり九一坪五合であり、建築面積は九五坪六合であること、被告等の占有部分は本件土地中でも東側道路に面した比較的重要な部分であることから、原告等の前記計画達成の為には是非とも本訴土地を必要とし、若干の設計変更等によつて本訴土地を使用しないで済ませ得るものではない。

原告は、現在日本澱粉の株式が二〇〇万株中九七、二九五株、本坊酒造の株式一五万五五〇〇株中七、一〇五株、薩摩酒造の二〇万株中一五、〇〇〇株、本坊商店の一二万株中九、〇〇〇株を所有し、日本澱粉及び本坊商店の取締役である。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(六)  次の本訴土地利用関係につき被告高橋に存する事情についてみるに前記争いのない事実と成立に争いのない甲第三八号証証人佐藤喜美江の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二八ないし第三一号証、甲第三四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことの認められる甲第三二号証、証人佐藤喜美江の証言及び被告本人高橋義国の供述の一部を綜合すると被告高橋は、関東大震災当時までは本訴土地上の家屋に居住していたが震災後新築した家屋には僅か二ケ月ばかり居住しただけで、他に賃貸しており、昭和二〇年の強制疎開当時も他に居住していた。

昭和二三年一一月原告に対し処理法に基く借地申出をした当時においても現住所に居を構えており、本訴土地の借地権をさして必要としなかつたが訴外亡三笠良一に慫慂されて、右申出をしたものである。

尚右の際同訴外人から金四万円位を受取つた本件建物建築に当つても同訴外人が自らの費用を以てこれに当り、建物完成後も同訴外人において、被告高橋に相談することなく本件建物を他に賃貸して賃料を収受し或は自ら使用しまたは自己の内妻、更に自己の経営にかかる被告会社に使用せしめ、一方本件建物の所有名義人である被告高橋には一銭の賃料も支払わず、同被告もまた同訴外人生存中は賃料の請求などしたことはなかつた。被告高橋は現在肩書住居地に居を構え、外二名と共同で三栄織物株式会社を経営している。

以上の事実を認めることができる。以上の事実と弁論の全趣旨を併せ考えると被告高橋は本件建物については名義上のみの所有者であつて、実権はむしろ訴外亡三笠良一に握られていたものであり、本訴土地の利用関係につき切実な利害関係を有する者は右訴外人の遺族や被告会社であつて被告高橋ではないことが窺える。

証人高橋寿一の証言被告会社代表者本人宮崎進、被告高橋本人尋問の結果中認定に牴触する部分は信用できず、乙第一、二、三号証は右認定を妨げるに足らず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被告等は、被告高橋は自ら本件建物の賃料を徴収しており、右賃料収入は同被告にとつてその生活保持上緊要なものである旨主張し、証人高橋寿一及び被告本人高橋義国は右主張に沿う供述をしているけれども、その供述自体によつても昭和三五年四月迄は賃料をとつていなかつたことは明らかであり、これと前記認定の事実とを対比すると到底措信することができない。

(七)  以上認定の(五)、(六)の事実に基いて考えると、原告は本訴土地についての賃貸借の更新を拒絶するについて借地法所定の正当の事由を有するといわねばならない。

被告等は、本訴土地の利用関係につき、仮に原告主張のような事由が存したとしてもそれは、第三者である日本澱粉等四社に存する事情であるから正当事由となり得ないと主張するけれども、形式的には第三者使用に当つても、その第三者と原告との間に前記認定のような特殊関係があり、かつ、被告高橋の側に前認定のような事情が存する本件においては、正当事由を肯定せざるを得ない。

(八)  以上説示のとおり、原告と被告高橋間の本訴土地の賃貸借は、昭和三二年九月二四日限り賃貸借の存続期間満了により消滅したというべきであるから同被告は原告に対し本件建物を収去して本訴土地を明け渡すとともに、昭和三二年九月二五日以降本訴土地明渡済に至るまで賃料相当額の損害金を支払う義務がある。

(九)  被告等は、仮に昭和三二年九月二四日被告高橋の借地権が消滅したとすれば、被告高橋は、その後も本訴土地上に本件建物を所有し続けているのであるから、本訴において昭和三三年八月一四日陳述の準備書面を以て原告に対し借地法所定の契約の更新を請求すると主張するけれども、原告は被告の右意思表示を受けた後も本件訴訟を維持遂行することによつてこれに対して異議を述べる態度を維持し続け、これに異議を述べるにつき正当の事由の存することは前記認定のとおりであるから、被告高橋の右更新請求によつても本訴土地に関する本件賃貸借は更新され得ない。

(一〇)  そこで、被告高橋に負担させるべき賃料相当額につき按ずるに、本訴土地についての相当なる賃料の額が何程であるかについては、原告と被告高橋間において、昭和三一年七月現在の約定賃料が一ケ月金一六五六円であつたことが当事者間に争いのない事実である外これを認定すべき証拠がない。それ故右賃料相当額は一ケ月金一六五六円であると認定せざるを得ない。

(一一)  次に原告の被告会社に対する請求につき按ずるに、被告会社が、本件建物の中階下八坪の部分を占有することによつて本訴土地を占有していることは前記のとおり当事者間に争いがなく、前認定のように被告高橋において原告に対し本件建物を収去して本訴土地を明け渡すべき義務を負うに至つた以上、被告会社は、本訴土地を占有するにつき原告に対抗し得べきなんらの権限をも持たないことは明らかであつて、被告会社と被告高橋との間の本件建物利用についての法律関係が使用貸借か賃貸借かを問うものではない。被告会社は原告に対し本件建物から退去して本訴土地を明け渡すべき義務がある。

(一二)  それ故被告高橋に対し本件建物を収去して本訴土地を明け渡すべきこと、被告会社に対し、本件建物から退去して本訴土地を明け渡すべきことを求める原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容すべく、被告高橋に対し昭和三二年九月二五日以降本訴土地明渡済に至るまで賃料相当の損害金の支払を求める原告の請求は、一ケ月一六五六円の範囲で理由があるからこれを認容しその余は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を適用し、本件については、仮執行の宣言を付すことは相当でないからこれを付さず、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡成人 篠清 渡部保夫)

目録(一)

東京都中央区八重洲四丁目七番地

宅地一〇七坪九合三勺の内

東側道路に面した一〇坪(間口二間、奥行五間)

(左記図面斜線部分)

図〈省略〉

目録(二)

東京都中央区八重洲四丁目七番地

家屋番号 同所七番の五

木造前面モルタル塗瓦葺二階建店舗 一棟

建坪八坪

二階八坪

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